【SOHOの来歴】自宅で働くことは、なぜ一度「例外」になったのか
「SOHO可」という三文字を、賃貸の募集条件として当たり前のように見かけるようになったのはいつからでしょうか。自宅で働くこと自体は、商家の店舗兼住宅や職人の工房のように、日本でも古くからありふれた形でした。それがいったん「住まいと仕事場は別の場所にあるもの」という常識に置き換わり、また戻ってきた。その往復の記録が、いま私たちが見ている「SOHO可」という条件です。
この記事では、SOHOという言葉がどこから来て、日本でどう受け止められ、賃貸市場にどう定着したのかを追います。あわせて、当サイトが毎日収集している募集中の物件データから、2026年時点のSOHO賃貸がどんな姿をしているのかを数字で示します。
職住一体が「普通」だった時代
住まいと仕事場が分かれたのは、歴史のなかではむしろ新しい出来事です。工場や事務所という「働きに行く場所」が生まれ、そこへ通うことが標準になったのは産業化以降のことでした。日本でも、商店の二階が住居であったり、町工場の隣に自宅があったりする形は、長らく特別なことではありませんでした。
その常識が変わったのは、都市に大規模なオフィスビルが建ち、郊外に住宅地が広がってからです。住むところと働くところが物理的に離れ、その間を毎日移動する。この形が二十世紀の後半に定着し、賃貸マンションは「住むための場所」として設計され、契約され、管理されるようになりました。多くのマンションの管理規約に「専ら居住の用に供する」という趣旨の条項が入っているのは、この時代の産物です。
つまり「事務所利用が原則できない」という現在の状況は、もともとそうだったわけではなく、ある時期に作られた枠組みだということになります。
SOHOという言葉の登場
SOHOは Small Office / Home Office の頭文字です。もともとは、小さな事業所や自宅で使われる機器という市場の区分を指す言葉として、情報機器の分野で使われはじめました。企業向けの大規模なシステムでもなく、家庭向けの単体製品でもない、その中間にある層。プリンタやルーターの製品説明に「SOHO向け」と書かれていたのを覚えている方もいるかもしれません。
それが働き方そのものを指す言葉に広がったのは、通信環境の変化と重なっています。手元の機械が外とつながり、成果物をネットワーク越しに納品できるようになると、「どこで働くか」の制約が弱まる。事務所を構えなくても仕事が成立する職種が生まれ、その働き方を呼ぶ名前として SOHO が使われるようになりました。
日本で「政策の言葉」になった1990年代後半
日本でこの語が広く知られるようになったのは1990年代後半です。特徴的なのは、流行語としてではなく行政の文書のなかで正式な項目として扱われたことでした。
1999年(平成11年)に当時の郵政省が公表した『通信白書』には、「SOHO」という独立した項目が設けられています(平成11年版 通信白書「SOHO」)。そこではクリエイターやライターといった職種を挙げながら、インターネットの接続費用が下がったことや通信技術が進んだことを背景として説明しています。白書に節が立つということは、その時点で国が観察対象として認識していたということです。
さらに2001年(平成13年)・2002年(平成14年)の『情報通信白書』には「テレワーク・SOHOの推進」という施策の節が置かれます(平成13年版 情報通信白書「テレワーク・SOHOの推進」)。観察の対象から、支援の対象へ。テレワークセンターの整備や、設備投資への融資といった具体的な施策が並びます。
この十年ほどの間に、SOHOは「新しい働き方の呼び名」から「政策が後押しする対象」へと位置づけを変えました。ただし、この段階ではまだ賃貸市場の言葉ではありませんでした。働き方の話であって、部屋の話ではなかったのです。
賃貸の募集条件になるまで
働き方が変われば、住まいに求められるものも変わります。自宅で仕事をする人が増えれば、「この部屋で仕事をしてよいか」という問いが必ず発生します。ここで壁になったのが、先ほどの管理規約でした。
一般の賃貸マンションは居住用として貸されており、事務所として使うことを想定していません。無断で事業を営めば契約違反になりかねない。かといって事務所用の物件を借りれば、住むことはできず、家賃も二重になる。この隙間を埋める必要が出てきました。
そこで生まれたのが、貸主側があらかじめ「事務所としての利用も相談に応じます」と表明しておく形です。これが募集条件としての「SOHO可」「事務所利用相談可」です。借りる側にとっては、規約違反を心配せずに探せる目印になり、貸主側にとっては、空室を埋める間口を広げる手段になりました。
重要なのは、これが制度ではなく慣行として広がった点です。法律が「SOHO可」という区分を定めたわけではありません。だからこそ、今でも中身は物件ごとにばらつきます。同じ「事務所利用相談可」でも、法人登記まで認める物件もあれば、登記は不可という物件もある。看板を出せるかどうか、不特定多数の来客があってよいかどうかも、それぞれ別の判断です。
コロナ禍が押し広げたもの
2020年、在宅勤務が一斉に広がりました。総務省『情報通信白書』によれば、企業のテレワーク導入率は新型コロナウイルス感染症の影響を受けて急速に拡大し、その後2022年以降は減少傾向にあります。直近の調査では導入率は47.3%で、依然として企業のおよそ半数がテレワークを制度として持っている水準です(令和7年版 情報通信白書「テレワーク・オンライン会議」)。
この時期に起きた変化は、SOHOの歴史から見ると二つの意味があります。ひとつは、自宅で働くことへの心理的な抵抗が一気に下がったこと。もうひとつは、住まいに仕事のための条件を求める人が、独立事業者だけでなく会社員にも広がったことです。防音、回線、机を置ける広さ、来客用の動線。それまで一部の職種の関心事だったものが、より多くの人の物件選びの条件に入りました。
基盤も整いました。2024年時点で個人のインターネット利用率は85.6%に達しています(令和7年版 情報通信白書「インターネット」)。1990年代後半に白書が「接続費用の低減」を背景として挙げていた段階から、四半世紀でここまで来たことになります。
2026年のSOHO賃貸を、数字で見る
では現在、東京のSOHO賃貸は実際にどんな姿をしているのか。当サイトが掲載している募集中の物件を集計すると、次のようになります(重複掲載は1件に集約。毎日更新しているため数字は変動します)。
| 実測値 | |
|---|---|
| 掲載件数 | 555件 |
| 賃料の中央値 | 19.0万円 |
| 平均専有面積 | 約43.5m² |
| 敷金の中央値 | 賃料の1.0ヶ月分 |
間取りの構成は、ワンルーム・1Kが219件、1DK・1LDKなど1系の複数室が213件、2部屋以上が123件。一人で使う仕事場と、居住スペースを分けられる部屋が、ほぼ同じ数だけ流通していることになります。自宅兼オフィスといっても、ワンルームで完結させる人と、部屋を分けたい人の両方に市場があるということです。
築年数を見ると、築10年以内が248件、築30年以上が128件。新しい建物に偏っているわけではなく、古い建物のほうがむしろ事務所利用に寛容な場合もあります。管理規約の運用や貸主の方針によるところが大きく、築年数と可否は直結しません。
そして募集条件のうち、「事務所利用相談」が明示されているのは349件です。掲載の6割強にあたります。裏を返せば、残りは条件欄にその記載がありません。「SOHO向け」として流通している物件のなかにも、事務所利用の可否がはっきりしないものが含まれている、というのが実態です。
条件は、いまも物件ごとにばらばら
歴史をたどると分かるのは、「SOHO可」が制度ではなく慣行として広がったという一点に、現在の分かりにくさの原因があるということです。掲載物件の備考を読むと、条件の書かれ方はさまざまです。
たとえば事務所として使う場合について、「SOHO:敷金1ヶ月積み増し」と書かれた物件があります。掲載中の事務所利用相談可のうち、およそ2割が備考で敷金の積み増しに触れています。数は多くありませんが「賃料等に消費税がかかります」と明記された物件もあります。住居として借りるか事務所として借りるかで、契約の性質そのものが変わるためです。
ペットや楽器の条件も同じ構造です。「ペット相談可」と書かれていても、備考では「小型犬・猫 計2匹まで、敷金1ヶ月積み増し」のように範囲が限定されていることが多く、掲載中のペット相談可のうちおよそ4割が頭数や種類に触れています。「楽器相談可」も「10〜20時、連続演奏1時間以内、消音機能付きに限る」といった指定が一般的です。
相談可であることと、無条件で認められることは違う。これはSOHOに限らず、賃貸の募集条件全体に通じる読み方です。
探すときに見るべき四つの点
ここまでの経緯を踏まえると、SOHO賃貸を探すときに確認すべきことは絞られます。
ひとつめは、法人登記の可否です。事務所利用が相談できることと、登記を認めることは別の判断です。登記が必要な場合は必ず個別に確認してください。
ふたつめは、来客の可否です。不特定多数の人が出入りするかどうかで、貸主や他の入居者から見た事情が変わります。完全予約制なのか、常時人が来るのかまで伝えたほうが話が早く進みます。
みっつめは、看板や表札の掲示です。屋号を外に出せるかどうかは、事業の性質によっては重要になります。
よっつめは、費用の前提です。事務所契約になると敷金の積み増しや消費税が生じることがあります。初期費用は前家賃・敷金・仲介手数料でおよそ賃料の3〜4ヶ月分が目安ですが、事務所利用の条件が付くとここが変わります。
おわりに
職住一体は、かつて当たり前だったものが、いったん例外になり、また選択肢として戻ってきたものです。1990年代後半に白書のなかで観察された働き方は、政策の対象になり、賃貸の募集条件になり、いまでは東京だけで数百件が同時に募集される市場になりました。
ただし「SOHO可」は制度ではなく慣行です。だから、目印としては役に立つけれど、それだけで契約の中身までは決まりません。目印を頼りに候補を絞り、条件は一件ずつ確かめる。この二段構えが、いまのところ最も確実な進め方です。
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